福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)88号 判決 1953年1月16日
控訴人 原告 北島広
訴訟代理人 古賀俊郎
被控訴人 被告 株式会社朝日新聞社
訴訟代理人 木下重範
主文
本件控訴はこれを棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人はその発行にかゝる朝日新聞紙上に別紙記載の謝罪広告を表題は二号活字、本文は三号活字で二回に亘つて掲載せよ、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
而して、当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、本件記事のような間接取材の場合においては、新聞社は自己の調査機関をして事実の調査をなさしめその真否を確めるべきであるに拘らず、被控訴新聞社が、これをなさずして直ちに記事として掲載した点に過失があるといわねばならないと述べ、被控訴代理人において、被控訴新聞社において本件記事について直接事実の真否を調査していないことは認めるが、一般に新聞社ではこの種の取材について、特に疑われるような情況のない限り、捜査機関の責任者から聞知した事実について、その真否を確めるようなことはしない、被控訴新聞社では佐賀県小城郡の小城町や北多久町には出張所や出張員を置いていない、もつとも小城町には特別に変つたニユースのあつた時に報告して貰うべく特別通信員を置いている、特別通信員は自発的にニユースを報告して来ることもあるし、又支局からの依頼に対して報告して貰うこともあるが、被控訴新聞社佐賀支局としては右特別通信員に本件記事に関してその調査を依頼したこともないと述べた外、原判決の摘示事実と同一であるからこれを引用する。
証拠として控訴代理人は、甲第一乃至第六号証を提出し、原審証人北島シゲ、北島孝之、北島義弘、早田哲雄、増本春江、当審証人下村二郎、丸山親夫の各証言を援用し、乙各号証の成立を認め被控訴代理人は、乙第一、第二、第三号証を提出し、原審証人下村二郎、丸山親夫、本村彦次の各証言を援用し甲各号証の成立を認めた。
理由
当裁判所は、原判決の示すところと同一の理由によつて、控訴人の本訴請求を理由のないものと認めるので、右理由の記載を引用する。
なお、本件記事について、被控訴新聞社が控訴人に対し名誉毀損の責任のないことについて、当裁判所の見解を左に補足する、すなわち、
民事上の不法行為としての名誉毀損についても、刑法第二百三十条ノ二の規定に則つて真実なることの証明があつたときは、特に人を害する目的で名誉を毀損するような事実を公表した場合の外は、不法行為上の責任はないものと解すべきであり、そして又真実性の証明がない場合においても、その事実を真実であると信ずるについて相当の理由があつたときは、不法行為上の責任を免れるものと解するのを相当とする。ところで被控訴新聞社がその発行にかゝる新聞紙上に「夫婦でドロン違反容疑の落選議員」の標題で掲載した「小城郡から佐賀県議会議員に立候補し次点で落選した北島広氏は公職選挙法違反容疑で佐賀地裁から逮捕状を発せられ多久署員が執行に向つたところ、夫人とともにいずれえか逃走、姿を消していた」旨の記事は主として佐賀県議会議員選挙に立候補した控訴人に関するものであるから、これを公選による公務員の候補者に関する事実にかかるものであるというを妨げないところ、右の記事は、前認定のように控訴人に関する部分は事実であると認められるけれども、その妻に関する部分は事実に相違するものである。
そこで本件においては(一)被控訴新聞社に控訴人を害する目的があつたか否か、(二)被控訴新聞社は本件記事を真実であると信じて掲載したか否かの点が問題となるのであるから、まず、被控訴新聞社に悪意があつたか否かについて見るに、本件記事は、被控訴新聞社が控訴人の名誉を毀損する悪意を以つて、これを掲載したものと認めるべき証左はない。もつとも、本件記事はこれを素直に通読すれば、控訴人が公職選挙法違反容疑で逮捕状を発せられ警察署員が執行に向つたが逃走していた趣旨のことを報道するのが目的であると認められるのであつて、夫人とともに逃走ということは書かずもがなとも考えられる事柄で、「夫婦でドロン」の標題に至つては悪趣味的ともいうべき用語で、必ずしも妥当であるとは云い難い、そして、控訴人が本件記事によつて名誉を毀損せられたというのも、夫人とともに逃走したという事実でないことを掲載せられたこともさることながら、右のような悪趣味的な標題に刺激されたためであると推察せられるけれども、これを以つて直ちに、被控訴新聞社において敢て控訴人を害する目的で本件記事を掲載したものであるとは認めることができない。次に前述のように本件記事中控訴人が夫人とともに逃走したということは事実に相違することであるが、本件記事は、被控訴新聞社において、控訴人の公職選挙法違反容疑事件の捜査を担当した国警佐賀県本部の捜査課長から取材したもので、捜査課長は控訴人を右の容疑で逮捕すべく同人宅に赴いた警察官の前認定のような事実の確認にもとずく報告を受けたものであつて、被控訴新聞社は右報告にかゝる事実として捜査課長から聞知したものである、それで本件記事が事実と多少相違してもこの種の記事についてはその取材の対象が事件の捜査を担当した捜査課長というが如き信頼すべきものであつて、その間何等の疑を插むべき情況も認められないのであるから、被控訴新聞社としては、本件記事が真実であると信ずるについて相当の理由を有していたものということができる。そして間接取材の場合においては新聞社としては直接自己の調査機関によつてその真否を確めるべきであると控訴人は主張するが、本件記事のようにその取材の対象が信頼すべきものでその間何等疑を插むべき情況も認められない場合においては新聞社としては、更に自己の調査機関によつてその真否を確める必要はないものと解すべきのみならず、たとえ被控訴新聞社が直接自己の調査機関を通じてその真否を確めるとしても新聞記事としての報道の迅速という時間的制約の下においては事柄の性質上これ以上真相の探知をなし得べきものとも考えられないので被控訴新聞社が真否を確めることをなさず、捜査課長からの取材にかゝる事実を以つて直ちに真実であると信じたのについては何等過失はなかつたものと認めるのが相当であるから事実に相違する本件記事についても被控訴新聞社は不法行為上の責任を負うべき限りではないというべきである。
敍上の理由により被控訴新聞社に本件記事について名誉毀損の責任ありとする控訴人の本訴請求は失当として棄却すべくこれと同旨に出でた原判決は相当で本件控訴はその理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に則つて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田三夫 裁判官 川井立夫 裁判官 鈴木進)